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格闘技論R50 〜今年は正念場!格闘技界
昨年の総合格闘技界は、PRIDE無差別級トーナメントでのミルコの優勝、桜庭のK−1移籍と物議をかもしたスミルノヴァス戦などが最大のハイライトだったといえるだろう。
昨年の格闘技界はどうやらピークを迎えたような感があった。
ヒョードル、ミルコ、シウバらのあまりにも凄まじく刺激的な試合を見せつけられ、「あれ以上すごい試合はないだろう」「これ以上ハイレベルな試合はないのでは」というわけだ。
それともう一つは、「そろそろカードも出尽くしたのでは?」という感覚。
気が長くないファンの間では「マンネリ」という声も出ているし、見る方がそう思うなら選手も「PRIDEではやり尽くした。次はUFCでやってみるか」という選手が出ても不思議ではない。
ヒョードル、ミルコ、シウバ、この3選手がUFCに流出したら今度こそPRIDEも危ないだろう。
大晦日のK−1は、またもや曙や芸能人らを起用してきた。
テレビ局主導、視聴率絶対主義ゆえの悪しき慣習である。
そうはいってもテレビがあるおかげで選手に十分満足してもらえる報酬が払えるというもの。
ここに大いなるジレンマがある。
PRIDEは、大晦日はK−1とは対象的に、思い切りマニアックで純粋な勝負論を語れるカードを編成してきた。
しかし、これを持続させることはかなり難しい。
プロは常に自分をより高く評価してくれるところに流れるからだ。
そこで、フジのPRIDE放映打ち切りのとき、「オランダの喧嘩屋」ジェラルド・ゴルドーが興味深いコメントを発した。
「いい機会じゃねえのか? 格闘技は精神修行のためにあるもの。最近は商業主義に走りすぎて選手のギャラも高騰し過ぎた。今回の件でギャラが下がるだろうが、それでもあいつらは試合をやるのかどうか? 『本物』かどうかが分かるよ」。
選手はあれだけの試合をしているのだから、相応の報酬がもらえてしかるべきだが、ゴルドーの言葉が今年のキーワードになりそうだ。
そして「本物かどうか」というのは、実は選手に対してだけではなく、我々ファンにも向けられているような気がする。
本当に格闘技が好きか?
格闘技という文化を理解しているか?
(フリードリッヒ)
